人間に自由はないのであるぞ。
真の自由は、大神にのみあるものぞ。
大神の自由の一部が御喜びと共に神に流れ入り、神に流れ入った自由は、又神の喜びとなって人間に流れ入るから、人間自身は自由をもってゐると信ずるのであるぞ。
本質的には自由はないのであるぞ。
人間には自由の影があり、反影あるのざ。
それを人間は自由と心得てゐるのであるぞ。
自由の反影あるから、悪にも善にも、陽にも陰にも為し得るのであるぞ。
又進歩、弥栄するのであるぞ。
悪自由を、人間は自由と心得てゐるが、それは自由ではなく、自分自身首くくるものぞ。
善自由こそ真の自由であるぞ。
自由は神から流れ出ると申してあらう。
他の世界と交流するは、他の世界に住む人間を通じてするのであるぞ。
世界とは人間のことでもあるぞ。
人間が世界であるぞ。
よく心得なされよ。
十(陽)とー(陰)と〇と
であるぞ。
十の陰にはーがあり、ーの陰には十がある。
その和の状態が〇であり
(イノチ)するのであるぞ。
十は十のみでは力ないぞ。
ーはーだけでは力ないぞ。
十とーとだけでも動きないぞ。
生命の喜びないのであるぞ。
よく心得よ。
〇があって十ーがあり、十ーがあり
があって和があるのであるぞ。
ここの道理よく得心、合点せよ。
十は人間にとって直接の喜びでない。
がぢきぢきの喜びぞ。
ーも直接ではなく、
が直接の喜びであり、その二つが和し
して嬉し嬉しと弥栄えるのであるぞ。
天地の中間を中界と申すぞ。
天の息吹きと地の息吹きの中間ぞ。
天国へ行くのも、行かんのも先づ落ちつく、死後の始めての世界であるぞ。
(一月二日)

