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頭を下げて見なされ、流れて来るぞ。
頭も下げず低くならんでゐては流れては来ないぞ。
神のめぐみは淡々とした水のようなものぞ。
そなたは頭が高いぞ。
天狗ぞ。
その鼻まげて自分のにほひをかいで見るがよい。
そなたは左に傾いてゐるぞ。
左を見なければならんが、片よって歩いてはならんぞ。
そなたは右を歩き乍ら、それを中道と思って御座るぞ。
そなたは平面上を行ってゐるから、中道のつもりで、他に中行く道はないと信じてゐるが、それでは足らんのう。
立体の道を早うさとりなされよ。
【正中の大道】あるのであるぞ。
左でもなく右でもなく、うれしうれしの道あるぞ。
左も右も上も下も相対の結果の世界ぢゃ。
原因の世界に入らねばならん。
平面より見れば相対あるなれど、立体に入り更に複立体、複々立体、立立体の世界を知らねばならんぞ。
相対では争ひぢゃ。
いくさぢゃ。
真の世界平和は今のやり方、考へ方では成就せんぞ。
三千世界和平から出発せねばならんぞ。
そなたは神示をよくよんでゐるが、それだけでは足らん。
神示を肚に入れねばならん。
つけ焼刃ではならん。
神示を血とし生活とすれば、何事も思ふ通りスラリスラリと面白い程栄えて来るぞ。
思ふように運ばなかったら省みよ。
己が己にだまされて、己のためのみに為してゐることに気づかんのか。
それが善であっても、己のためのみならば死し、善のための善ならば弥栄えるぞ。
善にも外道の善あるぞ。
心せよ。
神示見て居らぬとびっくりが出てくるぞ。
この世始まってないことが出てくるのぢゃ、世界の片はし八まべからぞ。
判りたか。
そなたは神体を偶像と申して御座るが、それはそなた自身が偶像なるが故であるぞ。
礼拝を忘れ、祈りをわすれることは神をわすれることぢゃ。
そなたの住む段階では、祈り畏こみ謹んで実践しなければならんぞ。
拝まんでも拝んでゐる境地はなかなかぢゃなあ。
そなたはわれが助かろうとするから助からんのぢゃ。
世界はこの世ばかりではないことを、よく得心して下されよ。
我をすてて素直になされよ。
三千年の秋が来てゐるのであるぞ。

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