はじめの喜びは食物ぞ。
次は異性ぞ。
何れも大きな驚きであろうがな。
これは和すことによって起るのぞ。
とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。
よろこびは神ぢゃ。
和さねば苦となるぞ。
かなしみとなるぞ。
先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。
そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。
ぢゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。
元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。
その大きな喜びを与へてあるのに、何故手を出さんのぢゃ。
その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。
何故に神示を食べないのか。
見るばかりではミにつかんぞ。
よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。
喜びが神であるぞ。
次には神との交わりぞ。
交流ぞ。
和ぞ。
そこには且って知らざりしおどろきと大歓喜が生れるぞ。
神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。
神が霊となり花むことなるのぢゃ。
人民は花よめとなるのぢゃ。
判るであろうが。
この花むこはいくら年を経ても花よめを捨てはせぬ。
永遠につづく結びぢゃ。
結婚ぢゃ。
何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。
よろこびぞ。
花むこどのが手をさしのべてゐるのに、何故に抱かれんのぢゃ。
神は理屈では判らん。
夫婦の交わりは説明出来まいがな。
神が判っても交わらねば、神ととけ合はねば真理は判らん。
なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ。
神と交流し結婚した大歓喜は、死を越えた永遠のものぞ。
消えざる火の大歓喜ぞ。
これがまことの信仰、神は花嫁を求めて御座るぞ。
早う神のふところに抱かれて下されよ。
二月一日。

