| 日月神示 ( 17 ) 1 巻 上つ巻 17 帖 1944年06月25日 |
| この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ、お土からとれた物、みな先づ神に供へよ、それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神には献げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらぬのぞ、何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。
今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。 六月の二十五日、ひつくのか三。 |
解説 : 2023年11月14日 稚姫君神様からの御歌 たえまなく そのみにうけし おんけいを かみにささげて いのちにつなぐ ●この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ、お土からとれた物、みな先づ神に供へよ、それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神には献げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらぬのぞ、何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。 今の世は、お金を出せば当たり前のように簡単に食物が手に入り、全く食べ物には困らない為に、既に食物となる動植物を育む大自然の神様の恩恵を忘れ去られているのです。 現世にある全ての物は、天・地・日・月の神様の御稜威(恩恵)の賜物で御座います。 この大自然の恩恵が無ければ人も動物も植物も絶対に生存できないのです。 また、日頃食している食物も、この大自然の恩恵があればこそ育まれ人間が食し生きる事ができるのです。 故に、先ずは、この大自然の恩恵に対して、心から神様に感謝申し上げる事が大切なのです。 また、食は物質的な物だけを頂くのみではなく、食物の霊を頂いているのです。 食物の資質を頂くので、食物により資質の影響を御霊(心)に受ける事になるのです。 さらに、食事として口に入るまでには様々な経緯が御座います。 大まかには ・大自然の「太陽、雨、水、風、地(土)」等の生物を育む恵み ・食する素材である「動植物」(野菜、果物、魚、動物) ・農家、畜産、漁師等の方々 ・運搬・加工に携わった方々 ・調理された方々 ・販売された方々 このような様々な何段階もの方々の手間ひまやご苦労を経て漸く口にする事が出来るのです。 これらの事は、食物・料理を目の前にしても目には見えませんが、感じ取る感性がとても大切な事なのです。 その感性があるが故に「感謝の念」が湧き出るのです。 食事を頂く時に、目に見えない様々な恩恵に対して心から神様に感謝し、また食材や携わった方々にも感謝する事で、食物のみを食べるのみならず、天地の恩恵と食物の霊を頂く事になります。 また、感性が磨かれ心からの感謝の思いにより身体のみではなく御霊(心)が育まれ心(御霊)が肥える事になるのです。 ※保食神様(うけもちのかみ)、肉食の弊害など食物に関しては後々に解説いたします。 厳瑞 |
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