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日月神示 ( 228 ) 7 巻 日の出の巻 15 帖   1944年12月18日
十柱の神様奥山に祀りて呉れよ、九柱でよいぞ、何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、この方合はして十柱となるのざぞ。
御神体の石集めさしてあろがな、篤く祀りて、辛酉(かのととり)の日にお祭りして呉れよ。
病あるかないか、災難来るか来ないかは、手届くか届かないかで分ると申してあろがな。
届くとは注(そそ)ぐ事ぞ、手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ、災難見ないのざから、毎朝神拝みてから克く合はしてみよ、合ってゐたら其日には災難無いのざぞ、殊に臍の息一番大切ざぞ、若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、唱へ唱へて息合ふ迄祷(ゐの)れよ、何んな難儀も災難も無くしてやるぞ、此の方意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。
神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、大難小難にしてやるぞ、生命助けてやるぞ、此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、手二本足二本いれて十柱ぞ、手足一本として八柱ぞ、此の事早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様にしてやれよ。
飛行機の災難も地震罪穢の禍も、大きい災難ある時には息乱れるのざぞ、一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ、信ずる者ばかりに知らしてやりて呉れよ。
十二月十八日、ひつ九か三。


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