| 日月神示 ( 827 ) 補 巻 月光の巻 40 帖 1959年02月10日 |
| 判らんことは神示にきくがよいぞ。
遠慮いらん。 そなたは一足飛びに二階に上がりたい気持がぬけない。 何事も一段ずつ、一歩づつ進まねばならん。 それより他に進み方はないのぢゃぞ。 先づそなたの中にゐるけだものを言向け合さねばならんぞ。 よく話し、教へ、導かねばならん。 けものを人間と同じにしようとしてはならん。 けものはけものとして導かねばならん。 金は金。 鉛は鉛ぞ。 鉛を金にしようとしてはならん。 鉛は鉛として磨かねばならんぞ。 浄化とはそのこと。 世は七度の大変り、いよいよの段階に入ったら、何が何だか、われよしの人民にはいよいよ判らなくなり、あせればあせる程ふかみに落ち込むぞ。 心の窓を大きくひらいて、小さい我の慾をすてると、遠くが見えてくるのぢゃ。 見えたら先づ自分の周囲に知らせねばならん。 知らすことによって次の道がひらけてくるのぢゃ。 自分だけではうれしうれしとならん。 うれしくないものは弥栄しないぞ。 冬になったら冬ごもりぞ。 死ぬ時には死ぬのが弥栄ぞ。 遊ぶ時は遊ぶがよいぞ。 コト=言(光透)と、時と、その順序さへ心得て御座れば、何をしても、何を話しても、何を考へてもよいのぢゃ。 |
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