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日月神示 ( 840 ) 補 巻 月光の巻 53 帖   1959年03月03日
これほどことわけて申しても得心出来ないのならば、得心の行くまで思ふままにやりて見なされよ。
そなたは神の中にゐるのであるから、いくらあばれ廻っても神の外には出られん。
死んでも神の中にゐるのであるぞ。
思ふさまやりて見て、早う得心改心いたされよ。
回心して仕事嘉言と仕へまつれよ。
結構ぢゃなあ。
そなたは自分は悪くないが周囲がよくないのだ、自分は正しい信仰をしてゐるのだから、家族も知友も反対する理由はない、自分は正しいが他が正しくないのだから、正しくない方が正しい方へ従って来るべきだと申しているが、内にあるから外から近よるのだと申してあろうが。
そなたは無低坑主義が平和の基だと申して、右の頬を打たれたら左の頬をさし出して御座るなれど、それは真の無抵坑ではないぞ。
よく聞きなされ、打たれるようなものをそなたがもってゐるからこそ、打たれる結果となるのぢゃ。
まことに磨けたら、まことに相手を愛してゐたならば、打たれるような雰囲気は生れないのであるぞ。
頬をうたれて下さるなよ。
生れ赤児見よと知らしてあろうが。


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