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日月神示 ( 851 ) 31 巻 扶桑之巻 2 帖   1961年05月05日
なかとみの ふとのりとこと ふとにのりあぐ。

一はいくら集めても一であるぞ、判らんものいくら集めても判らん道理、二は二、三は三であるぞ、一を二つ集めても二にはならんぞ、人民大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、〇(レイ)がもとぢゃ、一(レイ)がもとぢゃ、結びぢゃ弥栄ぢゃ、よく心得なされよ。
世の元、〇の始めから一と現われるまでは〇を十回も百回も千回も万回も、くりかへしたのであるぞ、その時は、それはそれはでありたぞ、火と水(一と三)のドロドロ(十)であったぞ、その中に五色五頭の竜神(|二ん)が御ハタラキなされて、つくり固めなされたのぢゃ、今の人民は竜神(|二ん)と申せば、すぐ横を向いて耳をふさぐなれど、マコトのことを知らせねばならん時ざから、ことわけて申してゐるのぞ。
竜神(|二ん)とは神(理)であるぞ、五色の竜神とは国常立尊の御現われの一(ヒトツ)であるぞ。
戒律をつくってはならん、戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、戒律は下の下の世界、今の人民には必要なれど、いつまでも、そんな首輪はいらんぞ、戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。


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