| 日月神示 ( 1 ) 1 巻 上つ巻 1 帖 1944年06月10日 |
| 二二は晴れたり、日本晴れ。神の国のまことの神の力をあらはす代となれる、仏もキリストも何も彼もはっきり助けて七六かしい御苦労のない代が来る からみたまを不断に磨いて一筋の誠を通して呉れよ。いま一苦労あるが、この苦労は身魂をみがいて居らぬと越せぬ、この世初まって二度とない苦労である。
このむすびは神の力でないと何も出来ん、人間の算盤では弾けんことぞ、日本はお土があかる、外国はお土がさかる。都の大洗濯、鄙の大洗濯、人のお洗濯。 今度は何うもこらへて呉れというところまで、後へひかぬから、その積りでかかって来い、神の国の神の力を、はっきりと見せてやる時が来た。 嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る は神の国、神の力でないと何んにも成就せん、人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ、いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯して置いて呉れよ。
戦は今年中と言っゐるが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。 臣民同士のいくさでない、カミと神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。 さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越へて時を待つ。 加実が世界の王になる、てんし様が神と分らん臣民ばかり、口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)といふぞ。 神の臣民みな命(みこと)になる身魂、掃除身魂結構。 六月の十日、ひつくのかみ。 |
解説 : 2023年10月14日 稚姫君神様からの御歌 いくさすみ みがけしみたま てんはまつ きびしきあいは さびしさこらえ 二二は晴れたり、日本晴れ。 富士の如く、「裾を広く深く正しく学び、志しを高く持ち、動じぬ心を培う事」そして、何ものにも囚われず晴れやかな心を保つ事、これが神示で言われている「富士は晴れたり日本晴れ」という意味であります。 また、自分に対しての自分の拘りが頑固さでありプライドであり慢心であり、これが不要で最も恰好が悪い事であると思い知る事なのです。 出来ない事、出来ておらぬ事、分からぬ知らない事を恥ずかしがらずに素直に認め、自慢せず、取繕わず、見栄を張らず、頑固にならず、恰好付けず(色気を捨て)、慢心せず、取違いせず、プライド心を捨て、これらの見苦しき不要な鎧を心に纏(まと)わずに脱ぎ去り、自分に対し素直に謙虚に正直になり、表裏の無いありのままの自分の心を包み隠さず本心を全てさらけ出す事。 これが、心晴れやかに軽くなる事であり「富士は晴れたり日本晴れ」という事であり、裸一貫の、御魂(心)の輝きこそが最も崇高な強者であり、最も神がお喜びになられる御魂なのです。 神の国のまことの神の力をあらはす代となれる、仏もキリストも何も彼もはっきり助けて七六かしい御苦労のない代が来る からみたまを不断に磨いて一筋の誠を通して呉れよ。 これから古の神代の世に立ち帰り、宗教を超えた真心の世である弥勒の世が訪れる事になるが、それはそれぞれの御霊相応次第で所属する霊界は異なりますので、今の現世に居る間に身魂を磨く事なのです。 いま一苦労あるが、この苦労は身魂をみがいて居らぬと越せぬ、この世初まって二度とない苦労である。 未だ嘗てない大峠を迎える事となるも、真の信仰を培い携えて居らぬと、大切な時に信仰を落とす者も多数出て参ります。しっかりと真の信仰と自らを省みて身霊を磨く事であります。 このむすびは神の力でないと何も出来ん、人間の算盤では弾けんことぞ、 神と磨かれた人とが感応し、神と合一して現世の立替立直しを行う事になられます。この産霊は人間の範疇を超えた働きであり人の頭脳で理解できるものでは無く御霊で感じえるものなのです。 日本はお土があかる、外国はお土がさかる。 日本は「お土が開かる(あかる)」、外国はフ「塞がる(さかる)」という意味であり、日本の倭の精神、真心の精神を有した国土、大地の岩戸が開かれ存在価値が上がるという意味であります。また、外国とは我良しの国と言う事であり、今までの我良しの精神の国土は発展し優位であったが、次の世の世界では立ち行かなくなるという事になります。 また、お土が「上がる」「下がる」の事でもあり天変地異により日本の大地が隆起し、外国では地盤が沈下する事にもなります。(日本国内においても地盤の隆起、沈下があります) 都の大洗濯、鄙の大洗濯、人のお洗濯。 都会のみならず、田舎も人も何もかも何処に居ても、立替立直しはおこなわれるのです。 今度は何うもこらへて呉れというところまで、後へひかぬから、その積りでかかって来い、神の国の神の力を、はっきりと見せてやる時が来た。 悪分子を一変たりとも残さずに立替る神の仕組みであり、この大宇宙が誕生後の最後の仕上げの時を迎え完成の世となるのです。 嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る は神の国、神の力でないと何んにも成就せん、人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ、いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯して置いて呉れよ。
今の世の生活に満足し楽しむ者や、これから訪れる変革を安易に喜ぶ者があるも、自らの心磨く事を疎かにして変革を待ち望んでいる者はいずれ足元をすくわれる事となります。 しかし、真面目で正直者が報われぬ今の世で、真心を求めて自らの心に向き合い自らを省みて改める「改心」を行う者は次の世で報われる事になるのです。 その身魂磨きや改心する為に、どうしたら良いのか?を伝える事が出来るのは真の神の働きでないと出来ないのです。 また、世を立直す為に、自らの身霊を磨き神が懸かれるように準備する事が必要となるのです。 戦は今年中と言っゐるが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。 今現在、中東で戦争が行われておりますが、本当の争いはこのような小さな争いではなく、今後は全ての膿が表に露となり、根本的な立替えが行われる事になるのです。 臣民同士のいくさでない、カミと神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。 ・カミと神(真神と神)とは、正神と邪神の事。 ・アカとあか(赤と垢)とは、「うそいつわりのない心」と「穢れた心や慢心、我」の事。 ・ヒトと人とは、「霊止(直霊、大精神 )」と「自霊(我、曲霊、我の精神)」の事。 ・ニクと肉とは、「霊体(守護神)」と「身體」の事。 ・タマと魂とは、「勇魂、親魂、愛魂、智魂」の善なる魂と「争魂、悪魂、逆魂、狂魂」の悪しき魂の事。 つまり、自分自身との戦いであり正しく改心される事であります。 さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越へて時を待つ。 神は人の祖(おや)であります。親は子の落ち行く姿を目にしたくはなく何としても救いたいと思うものですが、全ては本人次第なのです。 加実が世界の王になる、てんし様が神と分らん臣民ばかり、口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)といふぞ。 神の臣民みな命(みこと)になる身魂、掃除身魂結構。 再びの神が世を治める神代となり、天津日嗣神様である天子様に気が付かない人ばかりである。 言葉、心、行動の三つが一致した誠の精神を培い実践する者が 神の使いである命(みこと)という事であります。 厳瑞 |
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は神の国、神の力でないと何んにも成就せん、人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ、いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯して置いて呉れよ。
は神の国、神の力でないと何んにも成就せん、人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ、いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯して置いて呉れよ。
