| 日月神示 ( 14 ) 1 巻 上つ巻 14 帖 1944年06月22日 |
| この神示(ふで)よく読みて呉れよ、読めば読むほど何もかも分りて来るぞ、心とは神民の申す心でないぞ、身魂とは神民の申す身魂でないぞ、身たまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ、神の神民 身と魂のわけ隔てないぞ、身は魂、魂は身ぞ、外国は身ばかりの所あり魂ばかりの所あり、神は身魂の別ないぞ、この事分りたら神の仕組みがぼつぼつ分るぞ、身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ、よく気をつけて呉れ、神の申すことちがはんぞよ。
六月の二十二日、ひつくのか三。 |
解説 : 2023年11月08日 稚姫君神様からの御歌 とけあいて しずかにむすぶ うちとそと たかなみこえて ふどうのみたま ●この神示(ふで)よく読みて呉れよ、読めば読むほど何もかも分りて来るぞ、心とは神民の申す心でないぞ、身魂とは神民の申す身魂でないぞ、身たまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ、神の神民 身と魂のわけ隔てないぞ、身は魂、魂は身ぞ、外国は身ばかりの所あり魂ばかりの所あり、神は身魂の別ないぞ、この事分りたら神の仕組みがぼつぼつ分るぞ、身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ、よく気をつけて呉れ、神の申すことちがはんぞよ。 この神示には、必要な事は全て示されいるのです。読み解く事が出来ないのは読み方が浅い為なので、しっかりと読み、自らの心を探り、心改めて思想を培えば次第に理解できるようになるものなのです。 神様より授かりし直日の霊(直霊 なおひ)を本霊(ほんれい)(本守護神 ほんしゅごしん)と言います。 この本霊がその時々の心の状況により 「勇」の働きと現れる事を「荒魂」と言い、「親」の働きと現れる事を「和魂」と言い、「愛」の働きと現れる事を「幸魂」と言い、「智」の働きと現れる事を「奇魂」と言う、つまり御霊(直霊)の働きが状況により4種類に変化して現れる事を四魂と言うのです。 つまり、一霊四魂と言っても、一つの「霊(直霊)」と四つの魂が別々にある訳ではなく、一つの御霊(直霊)の事なのです。 この一霊四魂をもって人間の 「心」 と言うのです。 また「身魂 みたま」とは、この現世(この世)での「身体」と「魂」の事であり、魂とは先ほどの一霊四魂の事であり「心」の事であります。 また身と魂が一つになるとは、心と身体の行動が正しく一致した状態の事で、神より与えられし「真の心」に従い身体的に正しく行動するという事なのです。 しかし身体的、あるいは物質的な欲望に囚われ、他人の事は気にせず自らの欲望のままに行動する者を「身欲に囚われた人」であり このような人の事を「外面(肉体的)の欲」に囚われた「外国身魂」と言うのです。 ※ 外国と言うのは、心は身体の中にあり、身体は心の外にあります。 故に肉体的、物質的な事を「「外」と言い、この外面的欲望に囚われている人の魂(御霊)が所属している霊界が 「幽界という国」、つまり「外国」(外面的欲望に囚われて幽界の国に所属している身魂)という事なのです。 「魂ばかりの所あり」とは、思いや考えのみの人の事であり、ここでは神に対して祈りのみで、真の心に伴った行動が成されていないという事なのです。 この現世では、形として顕され実現する世界でありますので、しっかりと正しい心を身体を持って行動として現わし誠の活動をしなければなりません。 また、自らの信じる神に祈り、真を誤って解釈し自らを正当化し誤った行動をする方々も居られますが、大宇宙の創造された真の神様に心を向けて、日夜一瞬も休止する事なく弛まずご活動いただいておられる神様の恩恵に感謝し、この大神様の御稜威に自らの心を照らし合わせ、自らの小心を改めて真の信仰を培う事で、正しい心と正しい行動の伴った誠の身魂となり真の平和が訪れる事となるのです。 厳瑞 |
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