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日月神示 ( 15 ) 1 巻 上つ巻 15 帖   1944年06月24日
今度は末代動かぬ世にするのざから、今までの様な宗教や教への集団(つどひ)にしてはならんぞ、人を集めるばかりが能ではないぞ、人も集めねばならず、六ヶ敷い道(おしへ)ぞ。
縁ある人は早く集めて呉れよ、縁なき人いくら集めても何もならんぞ、縁ある人を見分けて呉れよ。
顔は神の臣民でも心は外国身魂ぞ、顔は外国人でも身魂は神の臣民あるぞ。
やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば納まらん。
臣民一度は無くなるところまでになるぞ、今のうちにこの神示よく読んでゐて呉れよ。
九月になったら用意して呉れよ。

六月の二十四日、ひつくのか三。

解説 : 2023年11月10日

稚姫君神様からの御歌
みきわめて たずねるみたま むつかしき ひふみまなびて そなえるようい

●今度は末代動かぬ世にするのざから、今までの様な宗教や教への集団(つどひ)にしてはならんぞ、人を集めるばかりが能ではないぞ、人も集めねばならず、六ヶ敷い道(おしへ)ぞ。縁ある人は早く集めて呉れよ、縁なき人いくら集めても何もならんぞ、縁ある人を見分けて呉れよ。顔は神の臣民でも心は外国身魂ぞ、顔は外国人でも身魂は神の臣民あるぞ。やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば納まらん。臣民一度は無くなるところまでになるぞ、今のうちにこの神示よく読んでゐて呉れよ。九月になったら用意して呉れよ。
これから訪れる世とは、理想の完成の世であり、仏教で言われています弥勒の世の事であります。
今迄の既存の宗教のような教えを知識として学ぶ為だけではなく、その教えを真に理解して、自らの心を正しく改め、実践として教えを生かすように世人の為に実行して行く事が大切なのです。
良き教えを学ぶ(学習)のみでは教えは身に付いてはおらず、実践する事によって教えが生きる事となり、そして実際に経験する事で教えを自らに身に着ける事となります。これが理(道)を歩むという事なのです。
 
人と比べ人と争い、自らの為のみの教えを求め、自らの思いに囚われているのは、我良しの心狭き自己愛の精神の人であります。
このような我中心(自己中心的)の精神に囚われている「個」の人が多く集まり、それぞれが個々の事を行っても「個」である為に真の力とはならず、何事も成す事は出来ないのです。
他者と親しみ、協力し補い、助け合う「和の精神(和魂 にぎみたま)」と「正しき事を成し得る為の精神力(荒魂 あらみたま)」により、個の力は何倍もの力を発揮され、大きな事を成し得る事ができるのです。
 
人を思い、世を想う人でなければ世を良くする事など到底出来ないのです。
世界の国籍も人種も全く関係なく、この精神を内に秘めた誠の人を見分けられるように心掛けて、このような方々とご縁が出来るように準備を怠らない事なのです。
 
※ 誠とは、眼に見えない中心に存在している真の心が 「(言)葉」 と 「行動と(成)し」 現れるという事であります。
善なる心を学び自らを省みて心を常に正し、その真心を善なる正しき言葉と行動として現わす事が 「誠の人」 であり、
自らが学び経験して良かれと思う事を他者に惜しみなく伝え世人の為になる事をさせて頂くのです。
 
今のうちに神示をしっかりと理解するように読む事が大切です。
旧九月になったら愈々なのでしっかりと用意をするようにという事です。
 
厳瑞

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