| 日月神示 ( 155 ) 5 巻 地(九二)つ巻 18 帖 1944年09月23日 |
| われよしの政治ではならんぞ、今の政治経済はわれよしであるぞ。
臣民のソロバンで政治や経済してはならんぞ、神の光のやり方でないと治まらんぞ、与へる政治がまことの政治ぞよ、臣民いさむ政治とは上下まつろひ合はす政治のことぞ、日の光あるときは、いくら曇っても闇ではないぞ、いくら曇っても悪が妨げても昼は昼ぞ、いくらあかりつけても夜は夜ぞ、神のやり方は日の光と申して、くどう気つけてあらうがな。 政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、まつりごとではないぞ。 神の臣民、魂と肉体の別ないと申してあること分らぬか、神のやり方は人の身魂(からたま)人のはたらき見れは直ぐ分るでないか。 腹にチャンと神鎮まって居れば何事も箱さした様に動くのざぞ、いくら頭がえらいと申して胃袋は頭のいふ通りには動かんぞ、この道理分りたか、ぢゃと申して味噌も糞も一つにしてはならんのざぞ。 神の政治はやさしい六ヶしいやり方ぞ、高きから低きに流れる水のやり方ぞ。 神の印(しるし)つけた悪来るぞ。 悪の顔した神あるぞ。 飛行機も船も臣民もみな同じぞ。 足元に気つけて呉れよ、向ふの国はちっとも急いでは居らぬのぞ、自分で目的達せねば子の代、子で出来ねば孫の代と、気長くかかりてゐるのざぞ、神の国の今の臣民、気が短いから、しくじるのざぞ。 しびれ切らすと立ち上がれんぞ、急いではならんぞ、急がねばならんぞ。 神の申すこと取り違ひせぬ様にして呉れよ。 よくこの神示(ふで)よんで呉れよ、元の二八基(じゃき)光理(こり)てわいて出た現空(あく)の種は二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつあし)となって、二八基には仁本の角、大老智は八ツ頭、八ツ尾、四通足(よつあし)は金母であるから気つけておくぞ。 世通足はお実名に通(つ)いて分けてゐるから、守護神どの、臣民どの、だまされぬ様に致して下されよ。 九月二十三日、あのひつ九のか三。 |
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