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日月神示 ( 19 ) 1 巻 上つ巻 19 帖   1944年06月27日
神の国の山に祭りて呉れよ、祭るとは神にまつらふことぞ、土にまつらふことぞ、人にまつらふことぞ、祭り祭りて嬉し嬉しの世となるのぞ、祭るには先づ掃除せねばならんぞ、掃除すれば誰にでも神かかるやうに、日本の臣民なりて居るぞ、神州清潔の民とは掃除してキレイになった臣民のことぞ 。

六月二十七日、一二

解説 : 2023年11月18日

稚姫君神様からの御歌
かみのくに まつりてうれし もとのやま すべてまつらう きよきみたまに

●神の国の山に祭りて呉れよ、祭るとは神にまつらふことぞ、土にまつらふことぞ、人にまつらふことぞ、祭り祭りて嬉し嬉しの世となるのぞ、祭るには先づ掃除せねばならんぞ、掃除すれば誰にでも神かかるやうに、日本の臣民なりて居るぞ、神州清潔の民とは掃除してキレイになった臣民のことぞ 。
ここで言う、神の国の山とは、真の神幸ふ国の人の御霊(心)の事であります。
「まつらふ」とは信じ仕える事でありますので、神を信じ神に仕え感謝して敬い、土(大地)の恩恵に感謝し、人の恩に感謝する事であります。
様々な恩恵に対して心からの感謝の思いが芽生える為には、自らの心を掃除し曇りを晴らさないと真の感謝の念が芽生える事は無いのです。
心の奥底で穢れや曇りが残っている状態で、いくら表面上綺麗にして取繕っても、内面に不浄が残っているとやがて浸食され表に現れる事となるのです。
このような取繕いなどの付け焼き刃ではなく、根本から心と言動を改めて、真の神を信仰する事により神様からの内流が起こりますので神と感応し、心と身体の清浄を保つ事が出来るようになります。
このような神国の民として身魂が清浄に磨かれた人の事を神州清潔(しんしゅうせいけつ)の民と言うのです。
 
厳瑞

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