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日月神示 ( 20 ) 1 巻 上つ巻 20 帖   1944年06月27日
神がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬ筈ぞと申す者沢山あるが、神には人のいふ善も悪もないものぞ。
よく心に考へて見よ、何もかも分りて来るぞ。
表の裏は裏、裏の表は表ぞと申してあろうが、一枚の紙にも裏表、ちと誤まれば分らんことになるぞ、神心になれば何もかもハッキリ映りて来るのざ、そこの道理分らずに理屈ばかり申してゐるが、理屈のない世に、神の世にして見せるぞ。
言挙げせぬ国とはその事ぞ、理屈は外国のやり方 、神の臣民言挙げずに、理屈なくして何もかも分かるぞ、それが神の真の民ぞ。
足許から鳥が立つぞ、十理(トリ)たちてあわてても何んにもならんぞ、用意なされよ、上下にグレンと引繰り返るぞ。
上の者下に、落ちぶれた民 上になるぞ、岩戸開けるぞ、夜明け近づいたから、早う身魂のせんだくして呉れよ、加実の申すこと千に一つもちがはんぞ。

六月二十七日、ひつくのか三。

解説 : 2023年11月20日

稚姫君神様からの御歌
みだれしよ かみのこころで みわたせり おもてとうらの どうりがみえる

●神がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬ筈ぞと申す者沢山あるが、神には人のいふ善も悪もないものぞ。
よく心に考へて見よ、何もかも分りて来るぞ。
表の裏は裏、裏の表は表ぞと申してあろうが、一枚の紙にも裏表、ちと誤まれば分らんことになるぞ、神心になれば何もかもハッキリ映りて来るのざ、そこの道理分らずに理屈ばかり申してゐるが、理屈のない世に、神の世にして見せるぞ。
言挙げせぬ国とはその事ぞ、理屈は外国のやり方 、神の臣民 言挙げずに、理屈なくして何もかも分かるぞ、それが神の真の民ぞ。
足許から鳥が立つぞ、十理(トリ)たちてあわてても何んにもならん ぞ、用意なされよ、上下にグレンと引繰り返るぞ。
上の者下に、落ちぶれた民上になるぞ、岩戸開けるぞ、夜明け近づいたから、早う身魂のせんだく して呉れよ、加実の申すこと千に一つもちがはんぞ。

現世の道徳的、法律的な善悪とは異なり、神様より見た善悪は人間の思う善悪ではなく理があるのみであり、その理(道)から外れる事が悪であります。
これは全ての人間に神様より分け与えられし直霊の本質から逆らうという事であります。
 
「第一巻 上つ巻 第十四帖」の解説で説明しましたように、直霊の働きである「荒魂、和魂、幸魂、奇魂」の各四魂には、自らを律する働きである五情(ごじょう)があります。
この五情(ごじょう)は 「省る(かえりみる)」「恥る(はじる)」「悔る(くいる)」「畏る(おそれる)・覚る(さとる)」 という心の働きにより自らの規律を正しく保ち守る為の心の働きなのです。
 
以前にもご説明しましたが、正しい神様を信仰する事により、神様からの内流が起こります。
その内流により御霊(心)が清浄に健全に保たれるので五情の自制心が働き、悪しき事より避ける事が出来るのです。
これが神様より見た「善」なる状態なのです。
 
反対に、自身の御霊の五情が働かない状態が 「悪」 という事になるのです。
五情が働かない原因は、自己中心的な自分第一の思想を持ち、神を否定し、正しい神様への信仰が無く、神様から心を逸らし(そらし)、神様に背を向ける事が「悪」 となるのです。
 
何事も一見不条理に見え思える事も、全て意味があり必要な事であるので、人間の視点で見たり考えて理屈に囚われないように注意して、大いなる御霊の本能である愛善なる大精神(神様の御心)に従い行動する事なのです。
 
周りの人を気にして取繕うのではなく、真剣に自らの内面(心)を見つめ自らを改め正さなければ、いざという時まで間に合わなくなるのです。
自らを改め変えるのは自らしか出来ない事であり直ぐには変われませんので、自らに厳しく自らを律するように備えるように準備をする事が大切なのです。
そして、自らの経験した理(学び)を他者が必要としている時に助言してあげる事なのです。
 
まもなく心が露わとなる世となります。その時には今迄のように、学力、地位、名誉、金銭的財産などは意味を成さず、
今まで浮かばれてこなかった正直に真面目で素直な人が報われる「心の時代」となります。
夜が明けるまでにしっかりと身魂磨きを怠らないようにする事なのです。
 
厳瑞

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