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日月神示 ( 226 ) 7 巻 日の出の巻 13 帖   1944年12月14日
此れまでの仕組や信仰は方便のものでありたぞ。
今度は正味(せうまつ)の信仰であるぞ、神に真直(ますぐ)に向ふのざぞ。
日向(ひむか)と申してあろがな。
真上(まうへ)に真すぐに神を戴いて呉れよ、斜めに神戴いても光は戴けるのであるが、横からでもお光は戴けるのであるが、道は真すぐに、神は真上に戴くのが神国のまことの御道であるぞ。
方便の世は済みたと申してあろがな、理屈は悪ざと申して聞かしてあろが、今度は何うしても失敗(しくじる)こと出来んのざぞ。
神の経綸(しぐみ)には狂ひ無いなれど、臣民愈々苦しまなならんのざぞ、泥海に臣民のたうち廻らなならんのざぞ、神も泥海にのたうつのざぞ、甲斐ある御苦労なら幾らでも苦労甲斐あるなれど、泥海のたうちは臣民には堪(こば)られんから早う掃除して神の申す事真すぐに肚に入れて呉れよ。
斜めや横から戴くと光だけ影がさすのざぞ、影させば闇となるのざぞ、大きいものには大きい影がさすと臣民申して、止むを得ぬ事の様に思ふてゐるが、それはまことの神の道知らぬからぞ、影さしてはならんのざぞ、影はあるが、それは影でない様な影であるぞ、悪でない悪なると知らせてあろが。
真上に真すぐに神に向へば影はあれど、影無いのざぞ、闇ではないのざぞ。
此の道理会得るであろがな、神の真道(まみち)は影無いのざぞ、幾ら大きな樹でも真上に真すぐに光戴けば影無いのざぞ、失敗(しくじり)無いのざぞ、それで洗濯せよ掃除せよと申してゐるのぞ、神の真道(まみち)会得(わか)りたか。
天にあるもの地にも必ずあるのざぞ、天地合せ鏡と聞かしてあろがな、天に太陽様ある様に地にも太陽様(おひさま)あるのざぞ、天にお月様ある様に地にもお月様あるのざぞ。
天にお星様ある様に地にもお星様あるのざぞ。
天からい吹(ぶ)けば地からもい吹くのざぞ、天に悪神あれば地にも悪神あるのざぞ。
足元気つけと申してあろがな。
今の臣民上許り見て頭ばかりに登ってゐるから分らなくなるのざぞ、地に足つけよと申してあろが、地拝(おろが)めと、地にまつろへと申してあろが、地の神様忘れてゐるぞ。
下と申しても位の低い神様のことでないぞ、地の神様ぞ、地にも天照皇太神様、天照大神様、月読大神様、須佐鳴之大神様あるのざぞ、知らしてあること、神示克く読んで下されよ、国土の事、国土のまことの神を無いものにしてゐるから世が治まらんのざぞ。
神々祀れと申してあろがな、改心第一と申してあろがな、七人に伝へと申してあろがな、吾れ善しはちょんぞ。
十二月十四日、ひつくのかみ。


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