| 日月神示 ( 28 ) 1 巻 上つ巻 28 帖 1944年07月01日 |
| 世界中まるめて神の一つの詞(王)で治めるのぞ。
それが神のやり方ぞ、百姓は百姓、鍛冶は鍛冶と、今度はとことはに定まるのぞ、身魂の因縁によりて今度はハッキリと定まって動かん神の世とするのぞ、茄子の種には瓜はならんぞ、茄子の蔓に瓜をならすのは悪の仕組、今の世はみなそれでないか。 これで世が治まったら神はこの世に無いものぞ。 神とアクとの力競べぞ。今度はアクの王も神の力には何うしてもかなはんと心から申す所まで、とことんまで行くのざから、アクも改心すれば助けて、よき方に廻してやるぞ。 神の国を千切りにして膾(ナマス)にするアクの仕組は分りて居る、アクの神も元の神の仕組を九分九厘までは知ってゐて、天地ひっくり返る大戦となるのぞ。 残る一厘は誰も知らぬ所に仕かけてあるが、この仕組、心で取りて呉れよ、神も大切ざが、この世では臣民も大切ぞ。 臣民この世の神ぞ、と言ふて鼻高になると、ポキン折れるぞ。 七月一日、ひつ九のか三。 |
解説 : 2023年12月07日 稚姫君神様からの御歌 とことはに さだまるくにの おおいくさ しくみいちりん こころでうけし 世界中まるめて神の一つの詞(王)で治めるのぞ。それが神のやり方ぞ、百姓は百姓、鍛冶は鍛冶と、今度はとことはに定まるのぞ、身魂の因縁によりて今度はハッキリと定まって動かん神の世とするのぞ、茄子の種には瓜はならんぞ、茄子の蔓に瓜をならすのは悪の仕組、今の世はみなそれでないか。 これで世が治まったら神はこの世に無いものぞ。 次の世は、全て神が世を治める神代の世界となります。 そこでは、今現在、皆さんが日常の仕事や生活をしている状態のまま次の世に移行して、この世と同じような生活を今度は永久に継続して行う事になります。 それは、今の世での思想が霊界に移行する為、今行っている日常の生活や習慣が継続されるのです。 ですが、次の世では各自の御霊に相応した世界(霊界)に移行するので、今のような嘘偽りなどで本心を隠す事が出来なくなります。 それは、今の世の地位、名誉、財力が基準の強い者勝ちの世とは異なり、心の優劣の世界となります。 人を自らの利得の為に人を利用し、人を蹴落とし、人を蔑み(さげすみ)、心貧しく悪しき思いを抱きながら、善の仮面を被り、善を言い、人を思う素振りを見せ、益を目的とした善行など、本心に反した行為は全て露わとなりますので絶対に出来なくなるのです。 神とアクとの力競べぞ。今度はアクの王も神の力には何うしてもかなはんと心から申す所まで、とことんまで行くのざから、アクも改心すれば助けて、よき方に廻してやるぞ。神の国を千切りにして膾(ナマス)にするアクの仕組は分りて居る、アクの神 も元の神の仕組を九分九厘までは知ってゐて、天地ひっくり返る大戦となるのぞ。 残る一厘は誰も知らぬ所に仕かけてあるが、この仕組、心で取りて呉れよ、神も大切ざが、この世では臣民も大切ぞ。臣民この世の神ぞ、と言ふて鼻高になると、ポキン折れるぞ。 悪とは、自らに神より分け与えられた本来の心(直霊=本霊)の本質に逆らう事であります。 その逆らうものとは、物質的な欲に囚われ魅了された自らの 表面的な「我(われ)」なのです。 ※これを正守護神と言います。 ※本霊とは本守護神とも言い直霊の事です その表面的な「我」の欲により、自らに妥協し悪しき行為を行う事になるのです。 つまり、奥底の本質的な真の自分が、表面的に欲する自分の思いに呑まれ囚われている状態の事を 「悪」 と言うのです。 今の世には、自己中心的な我良しの思想の悪の思想に足らわれて、善人を利用し神に敵対して好き勝手をしてきましたが、元津天地の祖大神様は、悪しきもの達の計画は全て御承知されておられ、お出になられる時期が来るまで待たれて居られましたが、漸くその時期が訪れましたので本格的な立替え立直しが現在行われているのです。 一厘の仕組みは極秘であり口外出来ませんが、全てが表に明らかに出るのは、もう間もなくでありますが、それまでに各々の自分自身の表面的な「我」に負けずに改めて、本質(真の心)を磨き上げる事なのです。これを「改心」と言います。 改心は自分自身でしか出来ませんので、今しっかりと真の心に返る事が出来るように準備しましょう。 厳瑞 |
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