日月神示 ( 448 ) 20 巻 ん (ウメ)の巻 21 帖 1946年12月04日 |
| 身欲信心スコタン許り、天津日嗣の御位は幾千代かけて変らんぞ、日の大神様、月の大神様、地(くに)の大神様、御血統(おんちすじ)弥栄々々ぞ。
日本の人民アフンとするぞ、皆それぞれのゆかりの集団(まどゐ)に 入れよ、神示ひふみとなるぞ、天明は画家となれ、絵描いて皆にやれよ、弥栄となるぞ、やさかいやさか。
今度はキリスト教も仏教も何も彼も生かさなならんのぞ。 早くから此の方の元へ来て居ても因縁あっても肝腎が判らんと後戻りばかりぢゃ、肝腎々々ぢゃ、学もよいが、それはそれの様なものぢゃぞ、途中からの神は途中からの神、途中からの教は途中からの教、今度の御用は元のキの道ざぞ、世の元からの神でないと判らんぞ、出来はせんぞ、生れ赤児の心とは、途中からの心、教、すっかり捨てて了へと云ふ事ざぞ。 十二月十四日、ひつ九のかみ。 |
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(ウメ)の巻 21 帖 1946年12月04日
入れよ、神示ひふみとなるぞ、天明は画家となれ、絵描いて皆にやれよ、弥栄となるぞ、やさかいやさか。
