日月神示 ( 451 ) 20 巻 ん (ウメ)の巻 24 帖 1946年12月14日 |
| 待てるだけ待ってゐるが世をつぶすわけには行かん、人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのざぞ、地(くに)の日月の神と栄えるのざぞ、何より身魂磨き結構。
人気の悪い所程メグリあるのざぞ、日本のやり方違って居たと云ふこと、五度違ったと云ふ事判って来ねば、日本の光出ないぞ。 表面(うわべ)飾るな。 コトもかめばかむ程味出て来るのが磨けた身魂。 中味よくなって来ると表面飾らいでも光出て来るぞ。 これまでの日本のやり方悪いから、神が時々、神がかりて知らしてやったであらうが、気付けてやったが気の付く臣民ほとんどないから、今度五度の岩戸一度に開いてびっくり箱開いて、天晴れ神々様に御目にかけ申すぞ、お喜び載くのぢゃ。 神示通り出て来ても、まだ判らんか。 神示は神の息吹きぢゃ。 心ぢゃ。 口上手身振り上手で誠ない者この方嫌ひぢゃぞ。 とどめ(かみ)なり。 先見へるぞ、先見んのは途中からの神ぢゃ。 十二月十四日、ひつ九のかミしる 。 |
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(ウメ)の巻 24 帖 1946年12月14日
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