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日月神示 ( 654 ) 26 巻 黒鉄の巻(クロガネ) 36 帖   1950年10月18日
天界に行く門は輝き、幽界に行く門は闇であるぞ。
闇の門はとざされ、光の門は開かれてゐるぞ。
天界は昇り易く、幽界にはおちにくいぞ。
神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。
影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、この度、時節到来したので、マコトの道理説いてきかすのぢゃ。
神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。
嬉し嬉しとはそのことであるぞ。
神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。
その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ。
まつれるのであるぞ。
これが、まことの正しき理(ミチ)であるぞ。
今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさかあったであらうが。
片親がなかったからぞ。
天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。
この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。
清くして富むのがまことぢゃ。
地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが。
これから先は金もうけばかりも出来ん。
今迄のやうな神信心ばかりも出来ん。
神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまるのぢゃ。
金がたまらねば深く省みよ。
理に外れて御座るぞ。
人は罪の子でない、喜びの子ぞ。
(旧九月八日)


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