| 日月神示 ( 738 ) 28 巻 夏の巻 21 帖 1952年03月03日 |
| 始めは形あるものを対象として拝むもよいが、行きつまるのは目に見える世界のみに囚はれてゐるからぞ。
タテのつながりを見ないからであるぞ。 死んでも自分は生きてゐるのであるぞ。 大我に帰したり、理法にとけ入つたりして自分と云ふもの無くなるのでないぞ。 霊界と霊と、現界と現身とのことはくどう説いてあろうが。 神示よめよめ。 大往生の理(ミチ)。 弥栄に体得出来るのであるぞ。 霊と体と同じであると申しても、人間の世界では別々であるぞ。 内と外、上と下であるぞ。 取りちがいせんようして下されよ。 日月神示 ( 738 ) 28 巻 夏の巻 22 帖 つくり主とつくられるものとでは無限にはなれて行くのぢや。 和ないぞ。 和のないところ天国ないぞ。 こんな判りきつたこと、何故にわからんのぢや。 尻の毛まで抜かれてゐると申してあろう。 早うめさめよ。 悪の道、教にまだ迷うて御座るが、早うめざめんと間に合はんぞ。 |
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