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日月神示 ( 839 ) 補 巻 月光の巻 52 帖   1959年03月03日
そなたはつまらんことにいつも心を残すからつまらんことが出てくるのであるぞ。
心を残すと云うことは、霊界とのつながりがあることぞ。
つまらん霊界にいつ迄くっついてゐるのぢゃ。
何ごとも清めて下されよ。
清めるとは和すことであるぞ。
同じもの同士では和ではない。
違ったものが和すことによって新しきものを生むのであるぞ。
奇数と偶数を合せて、新しき奇数を生み出すのであるぞ。
それがまことの和であり清めであるぞ。
善は悪と、陰は陽と和すことぢゃ。
和すには同じあり方で、例へば五と五との立場で和すのであるが、位に於ては陽が中心であり、陰が外でなければならん。
天が主であり地が従でなければならん。
男が上で女が下ぢゃ、これが和の正しきあり方ぞ。
さかさまならんぞ。
これを公平と申すぞ。
口先ばかりでよいことを申すと悪くなるのぢゃ。
心と行が伴はねばならん。
判りきったこの道理が行はれないのは、そなたをとり巻く霊の世界に幽界の力が強いからぢゃ。
そなたの心の大半を幽界的なもので占めてゐるからぞ。
己自身のいくさまだまだと申してあろうがな。
このいくさ中々ぢゃが、正しく和して早う弥栄結構ぞ。
そなたのもつ悪いくせを治して下されよ。
そのくせ治すことが御神業ぞ。
自分で世界を建直すような大きこと申して御座るが、そなたのくせを治すことが最も大切な御用でないか。
これに気がつかねば落第ぞ。
おそれてはならん。
おそれ生むからぞ。
喜べ、喜べ、喜べばよろこび生むぞ。
喜びは神ぢゃ。
神様御自身も刻々弥栄して御座るぞ。
故にこそ生長なされるのぢゃ。
人間も同様でなくてはならん。
昨日の自分であってはならん。
今の自分ぞ。
中今のわれに生きねばならん。
われにどんな力があったとて、我を出してはならんぞ。
我を出すと力なくなるぞ。
我を、大き我に昇華させよ。
大我にとけ入らねばならん。
大我にとけ入ったとて、小我がなくなるのではないぞ。
人おろがめよ。
物おろがめよ。
おろがむと自分の喜びとなり、拝まれたものも喜びとなるぞ。
うれしうれしとはそのことぞ。


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