| 日月神示 ( 908 ) 33 巻 星座之巻 25 帖 1961年05月10日 |
| 歓喜に裁きのない如く、神には裁きなし。
さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ、戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎん、裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、人民に罪なし。 手長手伸(たながたのし)堅磐常磐(かきはときは)に祝ふ御代なる。 生井栄井津(いくゐさかゐつ)長井阿須波比支(ながゐあすはいき)たたへましを。 底つ岩根千木岩(ちぎいわ)高く瑞(みづ)の御舎(みあらか)。 四方(よも)の御門(みかど)五方(いつも)とひらき宇都幣帛(うづみてくら)を。 御巫(かむなぎ)の辞竟(ことお)へまつる生足御国(いくたるみくに)。 塩沫(しほなは)の留まる限り皇国弥栄(みくにやさか)ゆ。 海原の辺にも沖にも神つまります。 天の壁地(くに)の退立(そぎた)つ極み手伸(たの)しき。 八十綱(やそつな)を百綱(ももつな)とかけてささし給はむ。 |
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