■ 人間の呼吸や脈が停止して身体の活動を終えると、身体と霊とに分離され始めます。
人により身体から霊魂が完全に抜けるまでの時間は異なりますが、長くても概ね1日程かけて完全に分離される事になります。
※ この状態の時に、死者の鎖骨あたりをよく見ますと、とてもゆっくり呼吸しているが如く見えたり感じたりするものです。
また、この動いているように見える間は、死者はまだそこに居ますので、この間は死者の耳元で語り掛けると本人には聞こえるものです。
※ 鎮魂の出来ている人は、死亡直後に即、身体から霊魂は分離される事になります。
また、現世に居ながら霊魂の清算が済み、霊魂が既に天界に所属している場合は、
中有界にも行かずに即、天界に入る事となります。
■ 死後の直後において、死者からは生前と同じように生きている人や景色は見えております。
ですが、別の世界に移行する為に次第に現世の人や景色が見えなくなってきます。
■ 災害や事故等で同時に数人の人が死亡した際には、死亡した霊同士は霊格の違いなどにより認識出来る者と出来ない者があります。(霊同士でも見える者と見えない者がある)
■ 人間が死亡する際に、親族や生前に関係の深い者がお迎えに来ると言われておりますが、
それは自身の精霊である正守護神であり、当人からは先に亡くなった親族等のように思い見えるのです。
※ 俗に言われている守護霊とは、自らの御精霊であり、その他には居ないのです。
これは、自分には祖父母等などが守護霊となって守ってくれていると信じ思い込んでいる人は、
自らの御精霊の姿や面影が祖父母のように見えたり感じたりする為なのです。
これは、亡くなった親族や知り合いが、生きている人を守る為にこの現世に残る事などあるはずが無いのです。
亡くなられた方々にもそれぞれに行くべき道があり、歩まれているのです。
もし現世に残っている者がいるとしましたら、それは現世に未練を残した執着心の為に次の世界に行けない状態の浮遊霊なのです。
また、一旦霊界に入ると現世に対しての意識も干渉も無くなるので、霊界から必要な時に訪れ現れるなどという事も無いのです。
■ 死亡時にお迎えに来られた自らの精霊である正守護神に導かれて中有界に行きます。
■ 中有界に行くと、案内人などによる案内は無く、そこでは自らの霊魂の状態により自らが相応しい所に導かれ、自らが行く事になります。
■ 日本人が海外で死亡した場合には、死亡した場所ではなく死亡した際の自身の想念や思想、霊魂次第によって、自らに相応しき中有界や霊界に行く事になります。
■ 日本人や外国人とでは、同じ中有界の中でもそれぞれの文化や思想による違いにより、中有界の光景に違いがあります。
■ 生前において神道の神職の人で、心から神に御奉仕されて真に神職として相応しき人は、神界にある神社(幽の神社)に眷属としてお使いされる事になります。
その選ばれた全ての神職の方々は、一般の死者の人々とは異なり、死後に特別なる修行を行われてから神社に配属されご奉仕される事になります。
また、現世にある神社(顕)は、神界にもその神社(幽)があり、そこで奉仕される御眷属は、神界の幽の神社と現世にある顕の神社を行き来されて御奉仕されます。
(神界の秘事になりますので、あまり詳しくはお伝え出来ません)
同じように天界の各団体の中心にある神の家では、キリスト教やイスラム等の他の宗教においての指導者も、死後に指導され教育されますが、日本の神道に仕える者の修行とは異なります。
■ 事故や災難などで突発的に死亡した場合には、直ぐに身体と霊は分離されて霊体となる為に、
その霊体は生きている時のままの姿であるので、自らは死亡した事にすら気が付かない事があります。
それも次第に気が付き中有界に行く事になります。
また、事故等で突発的に死亡した人は、死に対する心構えが無い為、未練の為に地縛霊となってその場に居付く事が御座います。
この多くの場合は、肉親または血統の繋がっている方々、あるいは知人による祈念(祈り)によって中有界に行く事になりますが、誰の祈りも無いような場合は、自らが地縛霊となって救いを求めて自らの事を気が付かせようと、霊体を現したり、また同じような事故を起こすような事をする場合も御座いますが、他界した者は、この気付かせる為の行為はやってはいけない行為なのです。
■ 水子の霊について
流産、死産、中絶などでこの世に生まれる事が出来なかった胎児の事を「水子霊」と言いますが、
この水子が成仏せずに親族に憑りついたり災いを起こすなどと言う人が居りますが、
水子の霊自体は純粋な霊魂なので、水子霊自らが憑り付いて悪さをする等の事はありません。
しかし、水子に対する母親の自責の念による強い後悔により、母親自らによる精神的な影響を受けるものです。
また、水子霊自体は中有界に行き、霊魂が成長するまで教育されて、その後天界に行く事となりますが、
肉親による心からの祈念により早く霊界に行く事が出来ますので、
ご自宅で祖霊と共にお祀りされて、日々、真心を込めて拝礼と祈念をされるのが宜しいのです。
※神棚や祖霊をお祀りされていない方は、特別な供養などしなくても真心の祈りがあれば必ず水子に通じますのでご安心ください。
■ 死の淵より生還された方が「三途の川、川向うに親や親族が手を振っていた、花畑を見た」等と言われますが、
これは、その個々の人が潜在的に死後の世界を思い描いている光景がそのように見えるものであり、その為にそれぞれが異なって見えるのです。
■ お盆の風習について 2025/6/16追加
お盆とは、もとは仏教の死者の供養を行う為の行事の盂蘭盆会(うらぼんえ)の事になります。
お盆は、仏教が伝来してから日本全国の各地で古くから行われてきた風習で、
迎え火や送り火で、供え物をして死者を家に迎え送り出すという事をします。
お盆の行事を「代々行ってきたから、また皆が行っているから、死者の為に」などと行っているのですが、
迎え火を焚いて先祖(死者)を家に招き入れ、送り火を焚いて先祖(死者)にお帰り頂くのですが、この行為が良くない事なのです。
本来、死者はこの現世に未練を残さずに次の世界である霊界に行かなければなりませんが、祖霊や死者に対する家族の強い思いが死者に通じるので、いつまでも家族等や現世に未練を残したままの状態としてしまう事になります。
また、死者(霊人)は、一旦霊界に入ると霊界からは出る事は出来ませんので、この迎え火で呼び寄せられる霊とは、成仏せずに現世でさ迷っている浮遊霊が家に来る事になるのです。
また、家族による先祖(死者)の霊を招き入れようとする強い思いが、その家族の先祖のみではなく、他人の浮遊霊も呼び寄せてしまう事にもなりますので気を付けなければなりません。
これは、祖霊(死者)に対する供養する事がいけない行為ではなく、
祖霊(死者)を家に招き入れようとする行為が良くない行為となるのです。
これらの事から「きゅうりの精霊馬、ナスの精霊牛」や「迎え火、送り火」は行わないようにする事が良いのです。
そして、これらを行わなくても「祖霊を家に呼び寄せて招き入れよう等とは絶対に思わない事」が大切になります。
お盆で、これまでの風習の行事を行うのであれば、祖霊の為の祭祀を行う祖霊祭を行う事が良いのです。
祖霊祭では、祖霊を家に招き入れるのではなく、神饌(供物)等をして、祖霊に対する真心ある御祭りを子孫や家族が行う事で、成仏していない祖霊や、霊界にいる祖霊にも想いが届き、全ての祖霊の御霊が幸う事になるのです。
※ きゅうりやナス、迎え火、送り火を行わなくても、心からの想念は必ず祖霊に通じますので心配されなくても大丈夫です。
※ 最も大切なのは「先祖(霊人)を想う、真心からの祈念(祈り)」が一番大切なので、
祭祀は盛大でなくても出来る範囲で神饌(供物)などを用意されれば宜しいのです。
ご家族で祖霊の祭りを手軽に行う場合は、机(祭壇)などに心ばかりの供物を供えて、
祖霊に真心からの祈念をして、その後に家族などで会食(直会)をされたら良いです。
真心からの祈念とは、
「祖霊の御霊(心)が幸えますように」、または
「祖霊が、真の理(みち)を歩む事が出来ますように」
「惟神霊幸倍坐世御霊(かむながらたまちはえませ)」
などのように神様と共に祖霊に対して祈念されれば宜しいです。
また、これらの事をお伝えしても、まだ頑なに行おうとする家族の方には、
無理に止めさせるのではなく、その方の気の済むようにして頂く事が宜しいです。
厳瑞

