霊魂の理5「天界について」

天界とは神界の事であり、「神を中心とした神を信じる世界」であり、神道では「高天原」、キリスト教では「天国」、仏教では「極楽浄土」と言います。
 
天界には、天国と霊国があり、
・天国は善なる愛の「愛善の世界」であり、霊界における太陽を象徴とした日の国になります。
「幸魂と荒魂の厳御霊の思想の世界」
 
・霊国は信なる真の「真信の世界」であり、霊界における太陰を象徴とした月の国になります。
「和魂と奇魂の瑞御霊の思想の世界」
 ※真の信(しんのしん)とは、嘘偽りのないまことの世界
 
※ これまで、四魂の経の働きである厳御霊は「和魂、荒魂」、緯の働きの瑞御霊は「幸魂、奇魂」と言われておりましたが、正しくは、経の働きの厳御霊は「幸魂、荒魂」、緯の働きの瑞御霊は「和魂、奇魂」となります。
 
■四魂の経緯
・経(厳御霊)=「幸魂、荒魂」
・緯(瑞御霊)=「和魂、奇魂」
 
天国を大きく上中下の三段階に分けると、下層の天国を「第三天国」、中間の天国を「第二天国」、上層の天国を「第一天国」と言い、天国の住人の事を「天人」と言います。
 
また、霊国も同じように、下層の霊国を「第三霊国」、中間の霊国を「第二霊国」、上層の霊国を「第一霊国」と言い、霊国の住人の事を「天使」と言います。
  
●天界
■天国(日の国)【 愛と善の世界 】
・第一天国 上 天人
・第二天国 中 天人
・第三天国 下 天人
 
■霊国(月の国)【 真と信の世界 】
・第一霊国 上 天使
・第二霊国 中 天使
・第三霊国 下 天使
 
 
■天界とは、神の生成化育の大精神の理を歓喜とし、愛善と真信の精神を有する霊人達が生活をする世界になります。
 
■天国の各階層は明確に区分けされている訳ではありませんが厳粛な区別があります。
それは、天人は自らの階層とは異なる他の階層に行く事も交流する事も出来ません。
 
また、天界では上階層より下の階層の天人を眺め見る事は出来ますが、言葉を交わしたり交流する事はできません。
もし天人が、自らの階層より下の階層の天国に下ると、天人は直ちに智慧と証覚を失う事となり、言葉が出にくくなり意気消沈してしまうのです。
 
反対に上の階層の天国に上ると、自らの智慧、証覚とは霊格が異なる為に、光と熱が強過ぎて激しく眼が眩み、痛みや苦痛を伴う事になります。
また、そこに居る上層の天人は強く眩い光明に輝いているように見え、言葉を交わす事も言葉を理解する事も出来ないのです。
 
■天界では、善と思われていた事も、1段階上の天界になると善とはならず、さらに上の段階になると同じ事でも悪とも思える程に異なる思想や想念の違が生じるものです。
 
■天界での生活は、同じ信仰や同じような思想をもつ霊人同士が集団を作って生活しております。
団体は、少数の集団から数百万もの霊人の集まる集団のものまであり、集団内では特に情動の似た者同士の数人で家族的な小集団を作るものもあります。
また、団体を形成する集団の中心には、集団の中で最も神に近い霊人がおり、その周囲には内分が神に近い霊人の順で取り囲み形成されています。
 
■天界の住人は、自己(我)というものがなく、ただ神と共に大精神の弥栄があるのみであり、
誰からも命令されるものではなく、自らが弥栄する事への義務のみを感じて生活し、
神の生成化育の大精神の真信と愛善の用(働き)にひたすら奉仕する事が天界での仕事であり、
それにより真の喜びの「歓喜」と感じ得る霊人なのです。
 
※ 現世において、既にこの精神のもと行動している人は、死後に自らに相応しい天界に行く事になります。
但し、天界に入らんが為に行うような精神の人では、天界にすら入れない事にもなりかねないのでお気をお付け下さい。
このように、現世で生活している状態のままの精神に相応しい世界に行く事になりますので、死後に自身を改めるという事はあまり出来ないのです。
 
■霊界には時間や空間的な概念が無く、ただ状態の変化があるのみの世界であり、
霊界の同一階層の霊人に対しては、どんなに距離が離れていても瞬時に交流できるものです。
但し天国の霊人と霊国の霊人との交流や階層が異なる霊人との交流は出来ません。
また、たとえ目の前に霊人が居ても、対者が交流の意思が無ければ全く通じ得ない世界なのです。
 
■現世では同じ場所で身体が重なり合う事は出来ませんが、霊界では異なるもの同士が同じ場所で重なり存在しても干渉する事の無い空間的な概念の無い世界になります。
 
■霊界の人は常に北を向いておりますが、これは方位の北ではなく霊人の精神が常に中心を向いているという事になります。
それは、神は天国では太陽、霊国では太陰(月)として現れますが、天界の霊人は、この太陽と太陰によって歓喜を受けているので精神が常に中心に向かっているのです。
この太陽(日)や太陰(月)は、霊人の向いた方向に必ず現れているのです
 
※ 一方、この太陽や太陰に背を向ける事で光と歓喜と感じる霊人がいます。
この霊人にとっては、天界の太陽の光を暗黒と感じ、暗闇を光と歓喜と感じる霊人であり、
その霊人は神に背き、自らの我を第一とした自分本位、利己主義のを歓喜とする愛悪と真偽の精神の霊人になります。
(無神論者、無信仰、自分本位、利己主義、自己愛者、邪神や悪魔崇拝者など)
これらの霊人は、神を中心とする天界の霊人とは対極に「自らを中心とする精神の霊人」の為にそのように感じ得るのです。
この霊人の居る世界の事を「幽界」と言います。
※ このような人の事を、「ゝ」(ホチ)の抜けた人「〇」と言います。 「ゝ」とは中心の神の事です。
 
 
厳瑞

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